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看護学部の学生のための就職準備「日本語」実践講座での話
本日、看護学部一年生の「文章クラス」に、四年生のヒナミさんが手伝いに来てくれました。
研究室で、どのような勉強をしているのか、話してくれました。

看護学部一年生に話してくれた、グローバルヘルス研究の楽しさ
一年生の皆さんは、「世界の人々が、みんな健康に暮らせる社会」と聞くと、どんな社会を思い浮かべますか?
病気になったら、病院に行ける。必要な薬をもらえる。具合が悪ければ、医師や看護師に診てもらえる。そんな社会でしょうか。
もちろん、それも大切です。でも、ここで少し考えてみてください。
日本では、体調が悪くなったら病院に行く、という選択肢がありますね。では、病院に着くまで何時間もかかる地域に住んでいる人はどうでしょう。また、治療を受けたいと思っても、お金がなかったら? 病院が近くにあっても、紛争が続いていて安全に通えなかったら?
同じように病気になっても、住んでいる場所や経済的な事情によって、受けられる医療が違ってしまうことがあるのです。
こうした、健康状態や医療を受ける機会の違いを考え、その差を小さくしていこうとするのが、私たちの研究室で取り組んでいる「グローバルヘルス」という分野です。
今日は、看護の研究が、病院の中だけでなく、世界のさまざまな場所や人々の暮らしとつながっていることをお話ししたいと思います。
1.看護の研究は、病院の外にも広がっている
皆さんは、「看護の研究」と聞くと、どんなことを想像しますか?
例えば、患者さんの血圧や体温を測定する方法、手術後の痛みを和らげる看護、患者さんが安心して入院生活を送るための工夫。こうした研究を思い浮かべる人が多いかもしれません。
実は、それだけではないんです。
私たちの研究室では、パレスチナ、カンボジア、インド、ケニア、ルワンダ、そして日本など、さまざまな地域の健康課題について研究しています。
例えば、皆さんが看護師として働くことを想像してみてください。
ある患者さんが、医師から「毎日、決められた時間に薬を飲んでください」と説明されました。ところが、その患者さんはなかなか薬を飲み続けることができません。
皆さんなら、どう考えますか。
「説明したのに、どうして守ってくれないんだろう」と思うかもしれませんね。
でも、そこで一歩立ち止まって考えてみるのです。
もしかしたら、薬代を払うことが難しいのかもしれない。仕事が忙しく、決まった時間に薬を飲む余裕がないのかもしれない。薬を飲む必要性について、十分に理解できていないのかもしれません。
あるいは、薬を飲むことに不安があっても、医療者にうまく伝えられないのかもしれません。
つまり、薬を飲まないという行動だけを見ていても、本当の問題は分からないのです。
患者さんがどんな生活を送り、何に困り、どんな思いを抱えているのか。そこまで理解して初めて、役に立つ看護を考えることができます。
グローバルヘルスの研究も、これと同じです。
病気だけを見るのではなく、その人が暮らしている社会や経済状況、文化、家族との関係などにも目を向ける。そうすることで、健康問題の背景にあるものが見えてくるのです。
看護とは、病気を抱えた人を支えるだけでなく、その人が健康に暮らすことを難しくしている社会の問題にも目を向けることなのです。
私は、この視点こそ、看護を学ぶ面白さの一つだと思っています。
2.「助けてあげる」だけでは、解決できない問題がある
もう一つ、私たちの研究室で大切にしていることがあります。
それは、健康上の問題を抱えている人々を、ただ「助けてあげる対象」として見るのではなく、その人たち自身が持っている知恵や力から学ぶことです。
例えば、十分な医療サービスを受けることが難しい地域で暮らしている人々がいるとします。
私たちは、つい「医療設備を整えればいい」「専門家を派遣すればいい」と考えるかもしれません。もちろん、医療設備も専門家も必要です。
しかし、それだけで問題がすべて解決するとは限りません。
例えば、医療機関までの交通手段がなければ、病院を建てても通うことが難しいでしょう。地域の人々が使う言葉で説明しなければ、医療者の説明が十分に伝わらないこともあります。地域の文化や生活習慣を理解しなければ、せっかく考えた健康対策が暮らしに合わない場合もあるでしょう。
では、どうすればよいのでしょうか。
まず、現地で暮らす人々の話を聞くことです。
「普段、健康を守るために、どんな工夫をしていますか」
「病院に行くとき、困ることは何ですか」
「地域の人たちが、互いに助け合っていることはありますか」
こうした質問を通して、外から来た人には気づけない工夫や知恵が見えてくるかもしれません。
例えば、地域の人々が健康に関する情報を共有する仕組みを持っていたり、子育て中の家庭同士で助け合ったりしていることも考えられます。そうした地域の力を理解したうえで、必要な医療支援を一緒に考えることが大切なのです。
ここで重要なのは、研究者が最初から答えを持っているわけではない、ということです。
現地の人々から学び、研究者が持っている知識と組み合わせ、よりよい方法を一緒に探していくのです。
私は、この考え方に触れたとき、看護という仕事の可能性が大きく広がるように感じました。
看護師は、知識を持っているからこそ、人を助けることができます。でも、知識があるからといって、自分の考えがいつも正しいとは限りません。
相手の話を聞き、自分の考えを見直す。その繰り返しが、よりよい看護につながるのだと思います。

3.研究室では、世界の出来事が自分の問いに変わる
では、実際に研究室では、どんな活動をしているのでしょうか。
私たちの研究室には、看護学部の四年生だけでなく、大学院生や教員など、さまざまな立場のメンバーがいます。研究の対象となる地域も多様で、メンバーそれぞれが、異なるテーマに取り組んでいます。
例えば、大学院生の中には、ケニアやカンボジアで修士論文のための研究を進めている人たちがいます。
同じ看護を学んでいても、研究する地域が違えば、出会う課題も異なります。
ある人は、医療サービスを受けることが難しい人々について調べています。別の人は、紛争や人道支援と健康の関係について考えています。
それぞれの研究を聞くことで、自分一人では思いつかなかった視点に出会えるのです。
例えば、ある学生が「病院に行けない人に、どうやって医療を届けるか」というテーマで研究していたとしましょう。
それを聞いた別の学生が、こんな疑問を投げかけるかもしれません。
「そもそも、その地域の人たちは、病院に行くということをどう思っているんだろう?」
すると、今度は別の学生が言います。
「医療者の説明が、現地の人々の言葉で届いているかどうかも重要じゃないかな?」
さらに、別の人が「病院に行けない理由を、交通費や距離だけで考えていいのだろうか」と問いかけるかもしれません。
一つの研究テーマから、次々に新しい疑問が生まれてきます。
これが、仲間と研究する面白さです。
自分では十分に考えたつもりでも、ほかの人の意見を聞くと、「あ、そこは考えていなかった」と気づくことがあります。
そして、もう一度資料を調べたり、研究の方法を見直したりする。
こうした作業を重ねながら、少しずつ、自分の問いを深めていくのです。
私たちの研究室では、日本語だけでなく、英語やアラビア語も飛び交います。異なる言語や文化的な背景を持つ人たちが、それぞれの経験や知識を持ち寄って学んでいます。
もちろん、意見が違うこともあるでしょう。でも、意見が違うからこそ、自分の考えを当たり前だと思わずに済むのです。
研究とは、正解を知っている人が答えを教えてくれる場所ではありません。仲間と問いを出し合い、まだ分かっていないことを少しずつ明らかにしていく活動なのです。
一年生の皆さんも、今はまだ、専門的な知識が十分にないと感じているかもしれません。でも、心配しなくて大丈夫です。
「どうしてだろう?」
「本当にそうなのかな?」
そんな素朴な疑問こそが、研究の出発点になるのです。
4.スイスでの学びから、世界の医療を考える
私たちの研究室では、2024年の夏に、紛争下における健康や人道支援などについて学ぶため、スイスを訪問しました。
国際機関や博物館を訪れ、専門家へのインタビューも行いました。
本やインターネットで「国際保健」について調べることも、もちろん大切です。でも、実際に現場で働いている人の話を直接聞くことには、また違った意味があります。
例えば、皆さんが「紛争が起きると、人々の健康に悪影響が出る」と学んだとしましょう。
これは、知識として理解できますね。
しかし、実際に人道支援に関わっている専門家から話を聞けば、さらに具体的な問題が見えてくるかもしれません。
医療施設が十分に機能しないとき、患者さんの治療をどう継続するのか。必要な医薬品をどのように届けるのか。支援を必要としている人々の中で、誰に、どのような支援を優先すべきなのか。
こうした問題には、簡単に答えを出せない難しさがあります。
限られた人員や物資の中で、できるだけ多くの人の命と健康を守るにはどうすればよいのか。安全が十分に確保できない状況で、支援する人と支援を受ける人をどう守るのか。
一つの知識を覚えれば解決する、という問題ではありません。
医学や看護学だけでなく、歴史、政治、経済、国際関係など、さまざまな分野の知識が必要になります。
だからこそ、専門家の話を聞き、実際の活動について学ぶことが重要なのです。
さらに、現場で働く人の経験を聞くことは、自分の将来を考えるきっかけにもなります。
「私は将来、どんな看護師になりたいのだろう」
「日本だけでなく、海外の健康問題にも関わることができるのだろうか」
「国際機関や人道支援の現場では、看護の専門知識をどう生かせるのだろう」
研究を通して、こうした問いが生まれてくるのです。
研究は、論文を書くためだけのものではありません。自分が何に関心を持ち、どんな社会をつくりたいのかを考える機会にもなるのです。

5.研究を通して、自分の考えを自分に問い直す
ここまで、世界の健康格差や研究室での活動についてお話ししてきました。
最後に、私が研究を通して大切だと感じていることをお伝えしたいと思います。
それは、研究をすることは、世界について知るだけでなく、自分自身について知ることでもある、ということです。
例えば、皆さんが「世界中の人々が、平等に医療を受けられるようにするべきだ」と考えたとします。
とても大切な考え方ですね。
でも、ここで少し考えてみましょう。
「平等に医療を受けられる」とは、具体的にどういうことでしょうか。
すべての地域に、同じ規模の病院を建てることでしょうか。それとも、地域の実情に合わせて、必要な医療を受けられる仕組みを整えることでしょうか。
医療を必要としている人がたくさんいる一方で、使えるお金や人員には限りがあるとしたら、何を優先すべきでしょうか。
こうした問いについて考え始めると、最初は正しいと思っていた考え方にも、さまざまな課題があることに気づきます。
そこで大切なのは、考えることをやめないことです。
資料を調べ、さまざまな立場の人の意見を聞き、仲間と話し合う。そのうえで、自分の考えをもう一度見直してみるのです。
「私は、どうしてこの問題を大切だと思ったのだろう」
「自分とは違う立場の人から見ると、どう感じるのだろう」
「私がよいと思っている方法は、本当に相手の役に立つのだろうか」
こうした問いを、自分自身に投げかけていきます。
研究では、自分の考えを最初から完璧にまとめる必要はありません。むしろ、調べたり話し合ったりする中で、考えが変わることも大切なのです。
自分の考えが変わったということは、それまで気づかなかったことに気づけた、ということかもしれません。
そして、こうした姿勢は、研究の場だけでなく、将来看護師として患者さんと向き合うときにも役立つはずです。
患者さんが何を望んでいるのか。自分がよいと思う看護は、本当にその人に合っているのか。自分の判断に思い込みはないだろうか。
相手の話に耳を傾け、自分の考えを振り返ることができる看護師は、患者さんと一緒に、よりよい方法を探していけるのではないでしょうか。
6.一年生の皆さんへ あなたの疑問が、研究の第一歩になる
さて、皆さんは、これから看護学部でさまざまなことを学んでいきます。
授業で専門用語を覚えたり、看護技術を練習したり、病気や身体の仕組みについて学んだりするでしょう。
最初は覚えることが多くて、大変だと思うことがあるかもしれません。
でも、ぜひ、教科書に書かれていることを覚えるだけで終わらないでほしいのです。
例えば、授業で感染症について学んだら、「どうして同じ感染症でも、地域によって広がり方が違うのだろう」と考えてみる。
高齢者の看護について学んだら、「一人暮らしの高齢者が、住み慣れた地域で安心して暮らすには、どんな支援が必要なのだろう」と考えてみる。
外国にルーツを持つ人々の健康について知ったら、「日本の医療機関で、言葉の違いによって困っている人はいないだろうか」と考えてみる。
そうした疑問が、やがて研究テーマにつながるかもしれません。
そして、研究室に入ったら、ぜひ仲間と自分の考えを共有してみてください。
自分の考えを話してみる。相手の意見を聞く。自分とは違う考え方に出会ったら、なぜ違うのかを考えてみる。
その積み重ねによって、皆さんの視野は少しずつ広がっていくと思います。
私たちの研究室が目指しているのは、「すべての人に健康を」という目標です。
これは、とても大きな目標です。すぐに答えが見つかるわけではありません。世界の健康格差を、たった一人の研究者で解決することはできないでしょう。
それでも、一つの地域の健康課題を明らかにすることが、誰かの暮らしをよりよくするきっかけになるかもしれません。一人の患者さんの声を丁寧に聞くことが、これまで気づかなかった問題を明らかにするかもしれません。そして、その発見を仲間と共有することで、さらに多くの人の健康を守る方法が見つかるかもしれません。
研究の成果は、必ずしもすぐに目に見えるものばかりではありません。でも、分からなかったことが少し分かるようになる。今まで気づかなかった人の思いに気づく。自分にはなかった考え方を知る。
その一つひとつに、大きな意味があるのです。
看護を学ぶということは、人の身体について学ぶだけではありません。その人が生きている社会を知り、その人の思いを理解し、よりよい未来を一緒に考えることでもあります。
皆さんも、これからの大学生活で、たくさんの疑問を持ってください。
そして、「どうしてだろう」という気持ちを大切にしてください。
その小さな疑問が、世界の健康問題を考える研究につながり、いつか、誰かの健康や暮らしを支える力になるかもしれません。
私たちと一緒に、看護の可能性をもっと広く、もっと深く探っていきましょう。
皆さんがこれから、どんな疑問に出会い、どんな研究に挑戦していくのか、楽しみにしています。
11月生 慶應義塾大学の学生のためのジャーナリスト養成講座(オンライン)

●故西村欣也氏 ●元朝日新聞編集委員 ●五輪取材経験7回・プロ野球取材30年
●朝日新聞スポーツ面に、署名入り記事「EYE西村欣也」を20年執筆してきた。
●著書 朝日新聞が伝えたプロ野球(小学館) 神の領域を覗いたアスリート(朝日新書)
●イチロー、王貞治、長嶋茂雄、清水宏保、橋本聖子、ダン・ジャンセン、ボブ・ヘイズなど
有名選手を取材してきました。
「受験対話」総合研究所では、26年前から、西村欣也氏の文章を使って、「大学生のことば」を
育ててきました。大学に入学する前から、「自分のことば」を育てる努力を始めると、就職活動時
に、あなたの「自己PR」を読んだ採用担当者から、「キミに会って、話をしてみたい」と連絡がきます。
マスコミをはじめ一流企業の担当者から、「会って、話をしたい」と言ってもらえるように、西村氏の
文章を使い、君に合わせたカリキュラムで授業を行います。慶應義塾大学の学生諸君、楽しみにしていて下さい。
【故西村欣也氏からあなたへのメッセージ】
確かに、今はネット時代と言われています。
トランプ大統領のツイートに、世界が右往左往しています。
しかし、ニューヨークタイムズなどは言論で、論陣を張り、世論の支持を得ています。
新聞だけではありません。CNNなども、トランプに「フェークニュース」と呼ばれても、事実を伝えています。
まだマスコミには底力があるのです。
僕は、主にスポーツを取材してきましたが、ニューヨークタイムズの新人記者はまずスポーツ部門に配属されます。
そこに人生が凝縮されているからです。
僕は、朝日新聞で長年、小論文の採点面接をしてきました。(やらされてきました)
マスコミ受験には、特に「書く力」が問われます。
門は狭いですが、今までの経験を生かして、スタートラインにつきたいと思う学生のアシストができれば、と思います。
(故西村欣也氏・記)
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